No.6 鉄道のって21世紀を考えた?

イギリスの交通機関は主に鉄道、チューブ(地下鉄)、バス。いずれにも共通して言えることは「ボロい」こと。チューブは比較的きれいな車両も一年前よりは増えたみたいだし、バスも積極的に新しい車両の導入を進めてるみたいでお馴染みの古〜いのがだんだん減ってきているが(こないだロンドンのど真ん中で突然古いバスが燃え出した事故があって中継してたけど、古さ故のヒーターからの出火だったらしい。全焼。)鉄道だけはほんとに「ボロイ」。そして「きたない」。ニューヨークじゃ差別的な意味の落書きがされた途端その車両は走れなくなるらしいがこっちじゃそんなことはおかまいなしで思いっきり落書きされたのが平気で走ってる。掃除も適当で窓ガラスも拭いたというよりは汚い石鹸水でよごしたみたいになってる。きたなくてボロいが頑丈なことはまちがいない。いまだに扉は乗客が自分で開け閉め(中には窓を下ろして外のドアハンドルを回さないと開かないドアもあり!)するんだけどこのドアをみんな「バターン」と思いっきり閉める。

中に乗ってれば尋常じゃない音。で、大きな駅だとあっちこっちのドアがバタンバタンだからたまったもんじゃない。でも音はすごいけど振動はほとんど感じないし、ドア自体もびくともしてそうにない。ヒンジやドアノブはとても無骨でお世辞にもスマートとは言えないが頑丈さはピカ一だ。壊れないから使える、使えるから新しいのは要らない、これが国民性というものか。不思議に毎日乗ってるとこれでもいいかと思えて来て、かえって何でもピカピカ、壊れたらハイさようならの今の日本よりよほどたくましくも思えて来た。家から大学までは一駅で5分の区間だから検札にはほとんど来ない。

で、学生に聞いてみたらほとんど切符を買わないらしい。(こちらには厳格な改札という概念がない、チューブにはあり)万一来たら学割は効かないけどその場で切符を買うのだとか。まあもちろんずるいことはずるいけれど許されることと許されないことのすき間を決まりに頼るのではなくて個人個人の分別と配慮で埋めたり広げたりする余裕が感じられて、たくましく生きるためには工夫が必要とされる社会はそれぞれに責任感が感じられて悪くない。決まり事にも幅があるからダメなら変えようと思えるんじゃないだろうか、民主的に。決まってるからダメ、理由なし、なんて言うのは死んでるのも同じことなんだろうな。少し居心地がよくなってきたぞ、この国。
そんなことはさておき、古いだけあってか各所に木材が使われていてじっくり見ればみるほど味がでてくる。この消火器(使えるのかな?)の留め金、かなり欲しい。ブラケットが木なんてほんとに21世紀か。そういえばこないだ乗り合わせた日本人のテレビクルー4人がしゃべってて、ディレクターっぽい30半ばのよくしゃべる女が「手動」ドアを「21世紀とはとてもおもえないよね〜」なんて言ってたけど「21世紀」らしさって何だ?もう2002年だけど

キューブリックみたいな世界にはなってないし、アトムだってほんとは1984年生まれだ(違ったかな?)。(後日談:違った)モノの姿がなにもかも未来っぽくなって行くことが「21世紀」化することなら簡単なことだ。「手動ドア」だって「燃えるバス」だって2002年の秋に活躍してる。手動ドアだってよくよく考えてみればこの寒い国で全部の駅で全部の扉を自動でウィ〜ンなんて開けてたら寒くてしようがないだろうしきっとみんな怒り出すだろう、降りたいやつだけ降りろって。そう考えると「手動」はとても合理的だし経済的だし、ん?合理的とか経済的とかは21世紀にめざしてる主要なキーワードじゃなかったっけ?これぞ21世紀!ずっとこのまま手動ならいいのに。これが日本ならきっと「扉近くの乗客のIC付き切符から発信される信号から自動的に判断して降りる乗客のいる扉だけを開ける」とかなんとかいうハイテクを考えてみんなで大騒ぎするんだろうな。無駄な金使ってどんどん人間が「便利の奴隷」になっていくんだ、きっと。近頃話題のユビキタス社会ユビキタスについてはこここんなことを考えてる人がいるでは生鮮食料にもチップを埋め込んで生産者や加工者、流通を管理するらしい。チップも食えるのか?そんなに人が信用できないのか。

「人を信頼すること」をなおざりにして「人は信用できないもの」という前提に、まるで便利の刀で道徳を切り捨てるようなものだ。科学は便利の乗り物に成り下がったのか。便利な仕組みを工夫することはスバラシいことだが工夫なしに便利を享受してしまうことはほんとに恐ろしいと思う。工夫の必要のないものには愛着は決して湧いてこない。だからモノを祖末に扱うようになる。みんながそうなるとどうなるの?もうなってる?この電車には最近猛烈に愛着がわいてきた。
とはいうものの、遅れるのだけはなんとかならないものか。5分10分はあたりまえ、線路が壊れたので一時間遅れます〜なんて平気でアナウンス入れて、急にホーム変えたりして、しかもそれって跨線橋渡って向こう側?渡りきったらもう出たあと‥とか、しょっちゅう。それでもみんなおとなしく待ってる。ひたすら待ってる。イライラしてない。

まあ秒の単位で正確に行き来してる日本のほうがスゴイのかも知れないけどいくらなんでもね。だから時刻表はほとんど意味をなさない。たいそうにいついつ改訂なんてかいてあるけど誰も見てない。そりゃそうか。これも既に二分遅れてる。結局27分遅れで来た。20分に1本くらいの割合いで来る「はず」なのに‥

これが件の扉。左はこれからバターンされるところ。扉自体がけっこう重いからそっと閉めたつもりでも「バターン!」駅員は足で蹴ったりするからそりゃもう‥。(→)これが内側に取っ手のない扉。走ってるときに不用意に開けられないからいいのかな?1:3くらいの割合で見る。で、開けるときは窓から手を回してガチャっと。

この車掌、写真撮ったらめっちゃうれしそうに自分のメールアドレス持って来て送ってくれって。すぐに送ってやろう、返事くるかな?手のひらサイズの小さいデジカメはあちこちでめずらしがられる。やっぱり日本のカメラはすごいのか。(後日談:返事が来た。)
(→)比較的新しい町に向かっていつもと違う路線では検札に来たうえにスタンプまで。滅多にないけどね。ほんの3駅20分ほどの距離なんだけどね、切符買っといてよかった。

車内には非常用特別危険報知装置が扉ごとに備えてあって‥ヒモなのね。どこでなにがどんな音で鳴るんだろうか?興味は尽きない。ペナルティは50ポンド、約一万円。う〜む。

ほんとはなんてショボイんだということが書きたかったのに、どこかで狂いましたね。手動ドアか?ということでいろいろと人生を考えさせてくれる鉄道なのでありました。

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