漆の「美」を再発見する――土岐謙次《七宝紋胎乾漆透器》について
伊村靖子(国立新美術館 研究補佐員)
この漆器を両手に収める時、軽さと緊密さ、器を構成するひとつひとつの形の微妙な違いや漆ならではの味わ いに惹きこまれるだろう。少しずつ角度を変えるにつれ、透かして見える裏面と表面のバランスの変化や、器を
透かしてできる影の美しさは、使い手の想像力を刺激するに違いない。
《七宝紋胎乾漆透器》は、「七宝紋」「乾漆」「器」という工芸の各要素を解体し新たに結びつけなおす、い
わばひとつの方法論(システム)を提示している。器形をデザインし、それを七宝繋ぎという文様のユニットとして 書き出す一連の工程は、3Dモデリング・ソフトウェア(Rhinoceros
+ Grasshopper)上で設計されている。 このソフトウェアの特徴は、器形と文様の割り付けをコンピュータ画面上でシミュレーションしながら、直感的
に形を選択できることでもある。一方、実際の造形では、乾漆板(綿布に漆)の弾性を活かして、各ユニットを つないだ時に生じるたわみによって器の曲面がつくりだされていく。「七宝紋」というモチーフと「乾漆」の技
法そのものは古典的であるにもかかわらず、乾漆の弾性に着目することで全く想像しなかった透かしの七宝紋の 漆器がうまれる。漆の溜まりによってわずかに引き立つ七宝紋の輪郭は、この器を軽やかにして印象深いものに
している。
こうした表現の裏づけとして、土岐はこれまで、さまざまな方法によって素材としての漆がもつ可能性を引き 出そうと試みてきた。たとえば、伝統的な工芸素材としてのイメージとは別の機能的な側面――カーボンファイ
バーのような軽量で剛性の高い工業素材へ塗布する可能性、デジタルファブリケーションを組み合わせた新しい 造形や家具のデザイン(ハイブリッド・クラフト)、建築の内装・外装への応用などを開拓している。だからこ
そ、その試みは、技法の組合せの新奇さにとどまらず、鑑賞者や使い手にとって新鮮な美や発見をもたらすもの へと発展を続けているのではないだろうか。
今回の新作の発表にあたり、土岐自身の意識にも変化があったという。それは、これまで制作過程と感じられ た布目の残る質感を許容し、表現の要素として取り入れはじめたことである。その意味で、この方法論(システム
)との対話は、つくり手の美意識すら変革し、さらに新たな「美」を引き出す契機を含んでいる。また、1点物の 仕上げとしてではなく、ヴァリエーションの制作により、対話的な方法論(システム)ならではの的確で効果的な表
現が可能になるだろう。本展を機に、今後の展開にも期待したい。
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